鈴木栄治(すずき えいじ)さん。3,500kmのアパラチアン・トレイルをスルーハイク(全線踏破)。その後、信越トレイルクラブのスタッフとして働く。
アメリカの3大トレイルと呼ばれるロングトレイルは、何千キロという距離があり、すべてを歩くのに半年近くの日数がかかる。そのアメリカのロングトレイルをスルーハイク(全線踏破)したハイカーが、日本に帰ってきてから、飯山に移住し、信越トレイルのスタッフとして働いている。
そのなかの1人である鈴木さん。どのような思いを持って、信越トレイルのふもとで暮らす生活を選んだのだろうか。
歩く立場でなく、スタッフという立場で、トレイルの近くで暮らす生活はどうですか?
鈴木:トレイルという世界にいながら、違う立場になるというステップも、自分のなかでは自然なものでした。ロングトレイルを歩いていたときよりも、自然がより近くなりました。今は生活のなかに、自然がありますね。
信越トレイルのスタッフとなり、飯山に移住しようと思ったのはなぜですか?
鈴木:信越トレイルのスタッフの方に声をかけられて、ここに移住することにしました。ロングトレイルを歩きおわった後に、飯山に移住したのは、ある意味で自然ななりゆきです。アメリカのトレイルを歩いたときに、向こうでトレイル整備に参加したんです。ボランティアという感覚よりも、こういったことをしたいと思うのも、トレイルを歩いた人に自然にわきあがってくる欲求かなと思います。
佐藤有希子(さとう ゆきこ)さん(写真左)。鈴木さんと同様に、アパラチアン・トレイルをスルーハイク(全線踏破)したハイカー。
アメリカのトレイルを歩いた経験を踏まえて、信越トレイルで実現したいことは何ですか?
佐藤:アメリカのロングトレイルを歩いたハイカーとしての実体験をベースに、日本で日本らしいトレイルをつくっていきたいなと思ったんです。
例えば、どのようなことですか?
佐藤:信越トレイルは、もともとアパラチン・トレイルの仕組みを参考にしていますし、私も実際に歩いてみて、運営体制の素晴らしさや成熟したカルチャーに驚きました。完コピをする必要はないですが、日本の環境や文化に合うものは、これからも積極的に取り入れていければと思いました。
田村涀城(たむら けんじょう)さん。天然記念物黒岩山保全協議会の理事を務め、地域の自然の保護、管理に携わる。
最後に登場していただく田村さんと丸山さんのお二人は、関田山脈の自然や文化に対する思い入れを語ってくれた。
信越トレイルをつくるとき、天然記念物である黒岩山を通すことが、大きな懸案事項の1つだったという。しかし、田村さんが、「人の手が入ることで山は守られるのだから、トレイルができるのはよいこと」と理解を示し快諾されたという。
信越トレイルができる前から、黒岩山の保全をされていたとうかがいました。
田村:いまは山が生活の中の仕事場ではなくなっていますよね。昔のように薪(まき)をとったり、炭焼きしたりもしなくなりました。山に人が入らなければ、山は荒れ放題です。それで刈り払いなんかをするようになりました。1971年に黒岩山が天然記念物に指定されます。西日本に生息するギフチョウと東日本に生息するヒメギフチョウが混生する珍しい場所ということでね。でも、それによってそれで研究者や昆虫マニアなんかが、チョウを獲ったりするということも起きたんです。それでパトロールも始めました。
信越トレイルを通すことになったときは、どのような経緯があったのでしょうか。
田村:天然記念物黒岩山協議会というのがあるのですが、それができたこと自体が、信越トレイルのおかげでもあるんです。山を手入れしていてもそれだけではお金はつかないし、ボランティアだけでもつづかない。そういった中で、トレイルができたことによって、山に人も入るし、山を維持管理する体制が作れたというのもあるんです。
丸山和彦(まるやま かずひこ)さん。斑尾でペンションを経営。信越トレイルの加盟宿にも登録し、トレイルのガイドも務めている。
地元新潟県の出身である丸山さんは、39歳のときにUターンで地元に戻り、それ以来斑尾でペンションを経営している。加藤則芳氏が書いた記事を読んだことがきっかけで、信越トレイルの理念に興味を持った。
加藤則芳さんの記事を読んで、どんなところに興味を持ったのですか?
丸山:加藤さんの書かれていた、自然を守るための考え方を読んで、本当に大事なことだと何か動かされるものを感じたんですよね。その前から、関田山脈の森の伐採に対する住民の反対運動があったこととか、そういうことも頭にあったので。
丸山さんは、加盟宿としても、ガイドとしても、ずっと信越トレイルと関わっていらっしゃいますよね。
丸山:信越トレイルができたこと自体がすごく嬉しくって、どんなことをしてもサポートするぞ、という気持ちでやってきました。私は新潟県との県境で生まれ育ったんですが、昔は峠を越えて旅芸人が来たりと、人々の往来のあるところでした。でも、いまは小さい頃に通れた道もなくなり、私が生まれた集落も人がほとんどいなくなり、今消え行かんとしている。
信越トレイルができたことによって、それまでは車で通過してしまっていたような、地域の里山の文化を、歩きながら触れてもらうこともできるようになった。トレイルができたことによって、また地域の魅力をつないでいきたいなって、そういう気持ちもあります。
ロングトレイルはある意味では、地域の人々の思いや人柄、そして各々の経験や特技の集合体である。
ロングトレイルの理念に共感した地域の人々が、トレイルをつくるため・守るために集まってくる。そのようにしてできあがったトレイルを、ハイカーが歩いていく。そしてトレイルの自然や地域に住む人々と出会い、またその暮らしや文化をも旅していくのだ。
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